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JR宇野駅から西に歩いて5分程のところ宇野一丁目の宇野港緑地帯に昔の面影をわずかに留める石碑があり『ごくろうさま 宇高連絡船』と記されています。現在、将来を見据えるには過去の歴史を振り返る必要もあると思います。
先人が築いた成功の道を更に発展させてくれるのは誰なのでしょうか?少し先には宇野築港最大の功労者、明治35年2月着任した桧垣知事の銅像があり大きき変わろうとしている激動の宇野港をしっかりと見下ろしています。
『世界へ羽ばたく港に』と眼鏡の奥から鋭く見つめているような気がしてきます。
連絡船石碑 在りし日の伊予丸

宇野港の歴史
岡山県の南端宇野港は、瀬戸内の美しい自然と温暖な気候に恵まれ、沿岸には屈曲した入り江が多く、江戸期から塩田と共に、天然の良港として栄えてきました。明治期に就航した宇高連絡船により、本州と四国を結ぶ交通の要衝として、繁栄の礎が築かれました。昭和63年、瀬戸大橋線開通と同時に宇高連絡船が廃止され、交通体系が劇的に変化、宇野港の機能は、人流港として整備することが決定されました。現在、3万トンクラスの豪華客船が停泊可能な宇野港再開発事業が、平成18年3月末完成を目指して、急ピッチで進んでいます。
24時間眠らない港
宇野港の海上交通は、昭和63年の宇高連絡船廃止後もフェリー利用の減少は僅かで、年間100万人の乗船客があり、5000万トンの貨物取扱量となっています。宇野港から、四国高松に向けては1日100便、現代アートの島・直島に向けて34便、そして東備讃瀬戸の観光地・小豆島に向けて8便の定期フェリーが、行き来しています。宇野港は、「24時間眠らない港」として、本四連絡の重要な結節点となっています。
今、宇野港では、ワークショップや社会実験等を通して、海の道とも言うべき「みなとオアシス宇野」の実現に向け、大きく飛躍を図ろうと市民の活動が活発化しています。 又、地中美術館などで有名になった現代アートの島直島への玄関港として、宇野港自身もアートな港を目指す運動が活発になってきています。宇野港をロマン溢れる「はなの港」として、「アート」という切り口から、港の活性化を図ろうとする運動が盛んに進んでいます。それが「玉野みなと芸術フェスタ」の活動です。
玉野みなと芸術フェスタの原点となった“UNO! Andiamo avanti”〜永遠に、海に空に大地に向かって、「前進」〜」(C八木マリヨ)におけるファイナルセレモニーの模様です。将来の夢や宇野港への思い、メッセージなどを書いた木綿のTシャツ1万枚を集め、それらをつなぎ合わせ、子縄から中縄、大縄、特大縄へと順次大きくし、遂には直径1.3m、高さ10mの巨大縄柱モニュメントを立ち上げました。最後に縄柱に点火し、皆の願いを天に届けました。2003年度に開催された芸術祭は、市民と芸術家とのコラボレーションアート、多くの市民参加による作品制作でした。これを契機として芸術フェスタ2004、そして2005が開催され、今年も芸術フェスタ2006の計画が進められているところです。